手裏剣男~結婚したい男たち症候群~(9)生い立ち~標的は前にある~

 

 その年の7月下旬に、久方ぶりに連絡がとれた山田でして、それからしばらくして、今度は彼の方から、ワタシに連絡があったものです。

 

 

 

 「今晩、新橋あたりで一杯やりませんか。今、オレは愛別離苦の心境で死にそうな気持ちなんです。まだ、麗子さんにも話していないのですが、一昨日、実家の岩手から帰ってきたところなんですよ。」

 

 

 山田の実家は盛岡駅からローカル線に乗り換え、途中下車してバスに乗り換え、最終停から更に歩いた山並のなかにあるということは以前に聞いていたことです。

 

 

 烏森口で数ヶ月ぶりにあった彼は、麗子に対する肉の嫉妬でジェットコースターの男の悲鳴をあげていた頃とは違って、なんだか蒼白く天に舞うような変なオーラを漂わせていたものです。

 

 

 「どうしたんだい、麗子さんにも連絡していなかったときいたんだけどさ。」

 

 

 駅前の居酒屋で、彼のグラスにビールを注ぎ、ワタシは何気なく尋ねます。

 

 

 人の話をきいているのかいないのか、爪楊枝を横にしたようなまなこで、ワタシをみつめます。

 

 

 「実は今年の年明けからですね、ちゃんの調子が悪くて、一ヶ月位前ですかね、癌で亡くなってしまったんです。」

 

 

 哀音が、彼のてっぺんから低く響きます。

 

 

 「ちゃん・・・・?」

 

 

 ワタシはなんだかよくわからず、クビをかしげます。

 

 

 「そうだ、レインさんには、まだいっていなかったかな。オレ、2歳のときに親父を亡くしているんですよ。それから、田舎の山里で、高校を卒業するまで、おふくろと二人だけで生活していたんです。」

 

 

 へぇ、初めてきく山田の身の上話です。

 

 

 「市内にですね。当時、中学校の先生をしていた、おふくろの兄貴、オレからみたら叔父さんですね。それが、すごくオレを可愛がってくれてね。まあ、親代わりだったんですよね。オレと同じ体型、風貌をしたイイ男じゃない叔父さんですね。本当に優しくて、面白い人だったんですけどね。ただ、ひとつだけ変わったところがありまして・・・・。」

 

 

 苦笑には、ずいぶん悲しんだ一ヶ月の峠をどうにか乗り越えたかのような客観性を感じさせます。

 

 

 「変わったところ・・・・。」

 

 

 彼の話に引き込まれました。

 

 

 「手裏剣の名人だったんですよ。といっても、別に流派に属することもなく、ただただ趣味で毎日庭に的をつくって打っているだけなんです。この世で誰も知らない彼の技術、流派なわけでして、彼も別に宣伝する意識は毛頭なかったんですがね・・・・・。なんたらいう、南部藩の剣術流派をオレの曾祖父に学んだとはいっていましたが。」

 

 

 遠くをみるように、山田は低く微笑みます。

 

 

 「オレが小学校にあがったころかな。叔父さんの家に遊びに行ったとき、ふざけて手裏剣を投げさせてもらったんです。なんか面白くてね。それから、月に2回くらい、山奥から市内の叔父さんの家まで一時間以上もかけて通い出したんです。いつも土曜日の夕方、一時間くらいかけて手取り足取り教わってね、それから叔父さんと伯母さん、それに従兄弟の裕也くんの4人で夕食をとるんです。そして、一晩泊まって、翌朝にはまた実家に帰るという感じでね。」

 

 

 彼の名人芸的な手裏剣術の源流をきくようで、少々の武者震いを感じたものです。

 

 

 「叔父さんも伯母さんも、子供のオレがリュックサックを背負って家まで行くと大喜びでね。結局、手裏剣の背後に、オレの場合、暖かい普通の家庭の団欒を見いだしていたのかな。今思うと、叔父さんもそれをわかっていたような気がしますね。だって、大雪の日だって、何時間もかけて這いずるように歩いて行ったことがあるんですよね。6年生のときだったかな。白雪が庭を覆って、手裏剣の練習なんかできるわけがないのにさ、凍えた手で這いずるように叔父さんの家まで行ったらびっくりされてね。今日は稽古は中止だ、早く家にあがれなんて涙ぐんでいたのを今でも思い出すんですよね。」

 

 

 万感胸に迫る彼の話はまだまだ続きます。

 

 

 そうか、そんな事情があったのか、あの杉並の試し斬りの先生が、日本史上に類例をみない手裏剣術だと絶賛する彼の技には、なんだか趣味だとか技術を超越した、宇宙大に広がる情動の壮烈さを感じたものです。

 

 

 彼にとっての手裏剣というのは、悲しい玩具というよりも、彼自身がこがれてやまない家庭のぬくもりを、幼き日に夢みせさせてくれた絆のようなものだったのかもしれません。

 

 

 見る者誰をも感嘆させる術の凄さを感じたものです。

 

 

 叔父さんが受け継いだ剣術流派のなかにある手裏剣は、まったく歴史に登場することもない、無名なものらしいとのこと。戊辰戦争における南部藩士の函館五稜郭の戦いに関係する事実を簡単に聞き、意外な感じがしたものです。

 

 

 日本史上最大の革命、戊辰戦争は、大政奉還後、会津の最終抗戦をもって終結された。武士の時代はそこで終焉し、文明開化がなされたといわれています。

 

 

 しかし、江戸湾から移動した榎本武揚率いる旧幕側の艦船が函館・五稜郭で最後の最後まで、土方歳三の壮絶なる戦死まで徹底抗戦をなし、それからしばらくして日本史上最大の内乱は本当に終わったというのが、いわゆる教養の一環かもしれません。

 

 

 ここまでは、歴史に疎いワタシでも知っているところですが、山田の話によると、ここからは日本の歴史に埋もれた事実であるが、土方死後、榎本旧幕軍降伏後、それでも更に、新政府軍に抗戦を挑んだ一団があり、それが南部藩士を中心にした少数の武士たちだとのことです。

 

 

 矢折れ、刃尽き、最後の最後まで一本の手裏剣がなくなるまで戦うことを主張したのがその精鋭達のなか、南部藩士、山田某であり、最後は割腹自決を遂げるわけですが、それが山田たちの遠い親戚だったといっていたものです。

 

 

 しかし、奇妙な話ですよね。まあ、これがひとつの眉唾的物語かどうかは別にして、その後、山田流は時空を越えて歌舞伎町に蘇ることになります。

 

 

 彼がこがれてやまなかった家庭・・・・・。

 

 

 麗子との関係もそうですが、ちゃんの死後、なぜか彼の人生に灯火のようなものがみいだされるようになります。

手裏剣男~結婚したい男たち症候群~(8)六本木のホステス

 3月も半ばのことです。当時のワタシは、まだスッポン捕獲を覚えるまでには至っておらず、鯉釣りを中心に近場の川に出現しては、そろそろ天然のウナギと再会できる時節かなと胸躍らせていた時期です。

 

 

 そして、まだお化け屋敷から引っ越すことに躊躇していた時期でして、深夜久しぶりに山田から電話があったものです。

 

 

 その晩は、土砂降りの雨音が竹木をしならせ、ワタシのアパートのガラス窓で太い爆竹音を鳴らせていたものです。

 

 

 彼の受話器の向こうからも、土砂降りの音響はこだまして、それがあたかも彼の悲痛な鳴き声のように思えたのは、こういう内容からです。

 

 

 「麗子との関係は、どうやら、もう終わりになりそうです。」

 

 

 「・・・・・。」

 

 

 「あいつ、先週から、ユッキーの六本木の店でホステスをやることになったんですよ・・・・・。オレに内緒でね。」

 

 

 それから、一週間後の土曜日、久しぶりにワタシと山田が初めて一緒に呑んだ新宿西口の赤ちょうちんでカオを合わせたわけですが、開口一番、彼はこんなことを暗い表情でつぶやきます。

 

 

 「もう事後報告なわけなんですよね、結局、彼女との結婚というのは、これでなくなったも同然なことです・・・・・。」

 

 

 「なんで、彼女はそんなことを始めたんだい・・・・・。」

 

 

 「理由を言わないんですよ、それがもうつながりのなくなった証拠で。ただ、昼間の派遣会社の社員だけでは、生活するのにきつくなったというだけ・・・・・。」

 

 

 「彼女、そんなに生活が大変だったのかな。」

 

 

 「えっ・・・・?」

 

 

 初めてカオを上げる彼でして、そういえば、麗子の私生活もよくわからないままであったことに初めて気づいたかのような目色をしめします。

 

 

 いずれにしろ、あれだけの美貌で、明るく気だてのよい彼女のことです。きっと、すぐに人気ナンバーワンになることは、彼でなくともワタシにも容易に予測がつくことです。

 

 

 狼たちのど真ん中に大きな羊が解き放たれるようで、もはやそのことに心労するには、最初から限界を感じたものだったとは思います。

 

 

 「要するに、オレとはいつの間にか友達関係になってしまった、いや最初からそうだったのかな。いうこときくわけないですよ。挙げ句のはて、最初の客になってくれなんていうわけでして・・・・・。」

 

 

 「行ったのかい。」

 

 

 「ええまあ。アルバイトクラブだなんていうふざけたネームをしていましたがね、アフターじゃ、助平オヤジに焼き鳥のように串刺しにされる可能性が、いっぱいある・・・・。いや、今頃、つくねのようになってるかもしれないや。」

 

 

 ジェットコースターで男が恐怖を感じたとき、女のように「きゃーっ」という悲鳴をあげるものはいないはずです。「ぎゃーっ」もないかな。おそらく、大概は、「うぉーっ」というような低く殺した悲鳴のようなものに違いありませんが、山田はその晩、そんな悲鳴を数々の嫉妬的想像とともにグラスに浮かべ上げていたような気がします。

 

 

 確かに、二人の間に一つの結論が出たのは事実のような気もするが、どうなんでしょうかね。まだ、麗子の謎的苦悩については話を進めていません。麗子の本当の苦悩というのは、もう少し先の話となります。

 

 

 しかし、当時は、随分、二人の間でメールのやりとりが盛んになっていたようです。

 

 

 メールというのは、面とあって話さないですむだけに、いっそう過激なものになることは否めない点があります。すぐに返信があった麗子からのメールが急に遅くなり、翌日になったり、挙げ句返信がなくなったりすることもある。

 

 

 いい加減にしろ、そんなにイイ男が好きなのか、今でも昔の男が忘れられないんだろうね、情けないよ。それじゃ、もう逢うのはやめにしよう、さよなら。

 

 

 胸のもやもやをスッキリさせんとばかりに、そんな過激な絶縁的メールを送信しては、彼女のことを忘れようとする彼なわけですが、しばらくすると、本当にゴメン、この間は言い過ぎた、なんてメールをしばらくしては送信するわけです。

 

 

 それでも二人の縁が終わらず、一応メール交換が続いたのは、結局、彼女が勤めるアルバイトクラブの存在にあり、そこにカオを出す山田の姿にあったのだと思われます。

 

 

 小学校が夏休みに入る時節だったでしょうか。ワタシの元に、ユッキーからこんな連絡が入ります。

 

 

 レインさん、最近、山田さんからの連絡が途絶えて数ヶ月が経つのですが、何か心当たりはありますか。

 

 

 そういえば、ワタシもまた5月の連休頃から一切山田からの連絡が途絶えているのに気づいたものです。

 

 

 どうしたんでしょうかね、麗子の方からも何度かメールをしても返信がない始末で・・・・・。彼女も心配しているんですよね。喧嘩しても一日おきにメールがあり、週に一回はお店に来てくれていた彼が全然来なくなって数ヶ月が経つ・・・・・。

 

 

 どうしたんだろうな、あいつ・・・・。

 

 

 その小学校が夏休みに入る時節、ワタシは購入してみたばかりの携帯電話から山田に携帯電話に連絡してみたことがあります。きっと、ワタシの携帯の番号は知らなかったはずです。

 

 

 意外にも受話器に出た彼は、ワタシであることに気づくや、突然、情けないような弱気の声をだします。

 

 

 「ああ、レインさんか、ちょっとね、実家の方で大変な事が起きたんですよね・・・・・。」

 

 

 「大変な事・・・・。」

 

 

 「また東京に戻ったら話しますが・・・・・。」

 

 

 「お母さんの具合でも悪いのかい。麗子も心配しているらしいよ。」

 

 

 「母親は元気なんですがね・・・。麗子・・・・?ああ、彼女ですか、元気なのかな。彼女の事は二の次になりそうな問題が自分の身辺には起きたわけなんですよね。」

 

 

 彼女の事が二の次・・・・・。

 

 

 身を焦す程の男の性欲というものは、若い時分には、何よりも優先されるものだが、山田の場合、それが二の次になるというのは、肉親の不幸以外に想定しにくい。

 

 

 彼は地元岩手で母一人子一人の寂しい家庭生活を送ってきたといっていたが、その母親は元気だという。

 

 

 麗子の事が二の次になるというセリフに、ワタシは本当に壮絶な人生における事件が彼の身に起きたことに気づいたものです。

 

 

 この話のメインテーマ、手裏剣男の本領は、ここから本題に入ります。

手裏剣男~結婚したい男たち症候群~(7)青春晩期

 

 正月に、山田の神域たる手裏剣術をワタシたちが目撃してからというもの、二人の恋愛関係には少し微妙に変化が生じてきたようです。

 

 

 結論をいうと、一層仲睦まじい関係になってきたわけでして、麗子の彼に対する思慕にはますますの炎が、ガスバーナーでいえば、彼女の手により一挙に強火にたきつけられたかのような感じがしたものです。

 

 

 その当時は、ワタシと山田、麗子、それにユッキーの4人で、何度か遊びに行ったりもしたものでして、山田はどうもワタシとユッキーとを恋人同士にと考えていたきらいもあり、見合いジジイとは正反対な真実の友情に基づく思惑を抱いていたような感じがします。

 

 

 あの頃が一番愉しかったな。いってみれば、自分にとっても青春の最晩年期、彼との付き合いで癒され、そしてユッキーのような素敵な女性とも知り合えた。

 

 

 ただね、ユッキーというのは六本木のクラブホステスでして、派手派手しい雰囲気は、とても遊び慣れたイメージを人に抱かさせ、結局はワタシのことを大事なお客さんにしたかったのが根本にあったのだとは思いますが。

 

 

 節分の時期、ワタシ達4人に、ワタシの男友達、それにユッキーの女友達をそれぞれひとりづつ加えて、山中湖に一泊旅行をしたことがあります。

 

 

 そのときの山田の狂喜のはしゃぎようというのは、今もって忘れがたいものがあります。

 

 

 舟盛りの夕食を終え、個室で二次会をなしたときには、それぞれがいろんな熱き夢を語り合い、話はとめどなく続いたものです。

 

 

 その深夜、ワタシは、山田と二人で温泉につかったものです。

 

 

 天窓の向こうには、星屑のジュエリーが煌びやかに踊り、湯船の二人は手ぬぐいを頭上に乗せては、故郷を思いやるように、なぜかしんみりとした気持ちになったものです。

 

 

 そんな感傷を打ち破ったのは彼の方です。

 

 

 「レインさん、やっぱり、オレと麗子さんの関係って凄く変ですよね・・・・。」

 

 

 「えっ・・・・?」

 

 

 「お見合いセンターでね、結婚を前提に付き合い始めたわけなのに、何か変なんですよね。途中から、彼女の気が変わったような気がして・・・・。最近じゃ、結婚のけの字も出さないんですよ。といって、仲が悪くなったという気もしないんですがね。」

 

 

 「へぇ、そうなんだ。」

 

 

 「大体、知り合って、もう7ヶ月になるんですよ。思いきり抱き締め合った事はあるのに、どうも結婚の意思というものが感じられない。なぜなんでしょう。やはり、自分と麗子さんとじゃ釣り合いがとれないのかな。それにさ、そもそも彼女のような男性にも何にも恵まれた女性が、30歳を前にしてお見合いセンターに登録したという事実が不思議なんですよね。」

 

 

 「・・・・・。」

 

 

 「そもそも、最初は良縁センターで知り合ったわけなんだから、何度かデートをして、別に肉の問題を考えることもなく、秋頃にはね、田舎の母に紹介してという段取りを考えていたんです。ちょうど、その頃からですかね、彼女の態度が豹変しだしたんですよね。」

 

 

 「豹変って・・・・。」

 

 

 「ちょっと慌てだした・・・・。親に紹介するのは、もう少し待ってよ・・・。結局ダメなんだな、そう思ったわけですが、それなりに仲の良い状態は続いている。よくわからないんですよね、クリスマスの夜も一緒に過ごしたんだけど・・・。そうこうしているうちに、あの得意の手裏剣を披露してからというもの、今度は向こうの方から、頻繁にメールが来ては呑みにいこうなんて言ってくるようになったんだけど、どうなんでしょうか。一応、交際期間が7ヶ月も続いて、婚約の目処も立たずに、さらに親に紹介するのも拒絶されるというのは、やはり、オレは嫌われているんでしょうか・・・・・。結局、自分に自信がないんだよな。」

 

 

 俯き加減に苦い顔をする彼です。

 

 

 「どうなんだろうね、歳月で計れるものじゃないしさ。いろいろな女性がいると思うんだよね。何か、彼女、過去があるのかもしれないね。何気に聞いてみたらどうなの。」

 

 

 「いえいえ、秋頃からね、いつまでたっても結婚の目処が立たず、彼女の方から友達感覚のような振る舞いをされるようになってからというもの、逢う度に彼女の心理を問い詰めているんですがね・・・・。」

 

 

 「逢う度に・・・・・?」

 

 

 「いや、逢う度にといっても、そんなに強くいっているわけじゃないですよ、何となくって感じですよ。それに性的な嫉妬心も強くなってしまい、そんなことを彼女に聞き込む自分が嫌になってしまってね。」 

 

 

 セックスやらエッチというのは、若い頃というのは、男女の間にあっては大きな温度差があるような気もするものです。

 

 

 どうなんでしょうかね、若い頃にあっては、男の場合、多くは付き合っている証左=肉体関係、一年も付き合っていて、それがないということはおかしな話だ、極端にいえば、嫌われているとしか思えないという人もいるかと思いますが、女の場合どうでしょうか。

 

 

 ワタシは、女じゃないからわかりませんが、男の直接的本能的な性欲とは異質なものがあり、要するにセックスは精神的な結びつきの単なる延長にあるような気もします。ホントに愛されているのどうか、愛情の一確認という感じでしょうか。

 

 

 経験しなれた女性というのは、男のそういう下半身の本能的人格というものに何となく気づいているわけですし、開発されたところもある。

 

 

 いずれにしろ、交際期間の長短にかかわらず、本当の愛さえあれば、セックスなんてどっちでもいいといっていた女性を何人も知っていますし、オルガというものは本来後天的なもののような気もします。

 

 

 まあ、人それぞれで独断でものをいうのはよくないことかもしれませんが、性交に関しては男は大概が似たようなものであり、女の方が複雑にいろいろな人がいるという感じでしょうか。

 

 

 多くの男の場合、一発やった、これは非常に大きな問題でして、自分の恋女房に男の相談相手がいて、週に一回人生の一大事を川辺の夕日で語らい合っていると聞いた場合、勿論激高します。激高しますが、手も握っていない関係だと知るや、少し安心し、大人の対応で二人を引き離すようなところもあります。恋人の過去についての嫉妬にも似たようなものがあるような気がしますね。

 

 

 女の場合どうでしょうかね。いくら手をつないだこともないとはいえ、心底愛する旦那に全面的に身をゆだねては交換メールで仕事を越えた人生の相談事をしあっている若い女性の部下がいると知るや・・・・。この一事をもってして、普通の男よりは狂熱にさいなまされるような気もします。

 

 

 当時は、山田もワタシもよく男女の性欲の違いというか温度差をわかっていなかったのだと思います。

 

 

 「うーん、そうなんだ。結婚したいのもさ、それに他の男と寝るんじゃないかという性的嫉妬もわかるけど、まだ7ヶ月だろ。どうなんだろうね、よくわからないや、これからなんじゃないのかな。」

 

 

 「確かに、最近、手裏剣を契機にしてですね、妙に彼女の好意に新鮮なものを感じるようにはなったとは思うのですが、ホントに彼女と一緒になれるのかどうか、死にそうなくらいに不安なんですよね。」

 

 

 それから一ヶ月もしないうちのことです。山田と麗子との間に、ちょっと普通のカップルには珍しい事件が巻き起こり、山田は青ざめることになるのです。

手裏剣男~結婚したい男たち症候群(6)神域

 麗子にせがまれ、手裏剣をやる場所を探しているという連絡を受けたのは正月明けのまだお屠蘇気分が抜けきれない時期だったような記憶があります。

 

 

 ワタシも興味があったんですよね、それで、なんとか都内近辺で実演できる場所はないかと考えたのですが、難しかったわけです。

 

 

 川原か山の中か、それにしても、畳を一枚運ばなければならず、車の運転があまり好きじゃないワタシには苦難の出足となったわけです。

 

 

 ワタシは武道も格闘技も全然できない、だから、そちらの世界には疎いわけですが、手裏剣を通して古武道というものに興味を抱きだしたものです。

 

 

 刀とか槍、薙刀、古武道自体が非常にマニアックで狭い世界なんですよね、その中でも手裏剣界というのは、まずミロクの中のミクロな世界のわけです。

 

 

 どの程度の競技人口がいるのかはわかりませんが、職場の同僚に教えてもらった古武道の雑誌で、試し斬りを専門に指導している道場を探し出したものです。

 

 

 場所を調べると、杉並区とあり、先生の自宅を開放して手裏剣個人指導もおこなっていると記されているのを発見したわけです。

 

 

 正直にいいますと、ワタシ自身は多くの男同様少年時代の夢の続きで、戦争ごっこや武器なるものには興味があったのだけれど、大人になってもそういう世界に埋没しているような男達には少々の苦手意識をもっていたものです。なんか怖ろしいな、日本刀の切れ味を確かめたくて、確かめたくて、うずうずしているかのようなイメージを抱いていたわけです。

 

 

 その道場に電話をして、手裏剣をやってみたいという人間がいるのですが、体験させてもらうことは可能でしょうか。一応、経験者で勝手に山田流とかと名乗っているものなのですが・・・・。

 

 

 結局、再来週の土曜日の昼下がりに手裏剣個人指導をおこなう予定なので、2時間2000円でワタシ達一行が体験させてもらうという約束を取り付けたのです。

 

 

 当日の土曜日、中央沿線の駅前広場で待ち合わせたワタシ達でして、遅れたワタシに、浪人生のように無作為に安物のジャンバーをはおった山田と、麗子、それにもうひとりの女性がラフな格好で待っていたわけです。

 

 

 もうひとりの女性というのが、麗子の中学時代からの親友で、ユッキーだったわけです。

 

 

 4人でその道場に赴くや、年配の白髪頭の貫禄ある先生が現れ、気の弱い山田はすぐさま圧倒され、やはり、帰ろうよなんてことを小声でワタシに囁きます。

 

 

 大地主なんでしょうかね、広い庭の一角に畳式の狭い道場を構えており、その中に案内されるや、中でひとりの若者が、侍よろしく日本刀を磨いているのを目撃します。

 

 

 どうしようか、場違いなところに来てしまったかのようなワタシ達は段々不安にもなってきて、腰の座りの悪さとともに来たことを後悔しだしたわけです。

 

 

 「手裏剣をやっていたというのは誰ですかな。」

 

 

 俯いたまま、先程来、一言さえもコトバを失った山田でして、なんとかワタシ達の方で、彼を促したものです。

 

 

 畳の上にはバスマットがかけられており、直径数センチの円形の突起がいくつもあるのが印象的だったものです。

 

 

 「少し練習してみて、それから、基本的な打ち方を指導しましょうか。」

 

 

 白髪頭の先生は、先の若者を横に置き、山田を促します。

 

 

 おそるおそる、立ち上がった山田は、先生から一本の手裏剣を受け取るや、何度も何度も感慨深げにその手裏剣をいじくり廻しているのが印象的だったものです。

 

 

 「まずは、2間の間合いからでしょうね。3間から刺されば一人前だからね。」

 

 

 そのときです、困ったような苦笑を浮かべながら、山田はなぜか3間よりずっと後方5間のスタートラインに立ったのです。

 

 

 道場入り口とほぼ同じ位置に立った彼でして、先生とその若き弟子は一瞬むっとしたような表情を浮かべたのが、ワタシや麗子にまでわかったほどです。

 

 

 「すいません、少し練習させてくださいね。」

 

 

 5本の手裏剣を借りた彼は、非常に奇妙な構えを見せるや、すっと吐くような息とともに頭上から一本目を投げうったのです。

 

 

 あれっ・・・・。

 

 

 その瞬間の山田の目つきというのでしょうか、全身に漂うオーラというのかな、全てが丸い彼のなかに、一つの非常に鋭い何ものかが部屋中に浮かび上がったのです。

 

 

 ワタシも麗子もユッキーも、一瞬気圧されるような気がして、なぜか肩に力が入ったものです。

 

 

 「うっ・・・・・。」

 

 

 バスマットに見事に刺中した手裏剣を先生と弟子が慌てて見つめます。

 

 

 それから、4本、バスマットに見事に刺中させる彼でして、全部を突き刺した後、先生と弟子はその突き刺さった五本の手裏剣を見つめながら、カオを見合わせては、あっという声をあげたものです。

 

 

 バスマットのですね、直径3センチくらいの円形突起でしょうか。5本全てがそれぞれの突起の中に突き刺さっており、丁度「+」の文字を描いているのがわかったからです。

 

 

 あのときの衝撃にはいまだかつて忘れがたいものがあります。しかし、もうひとつ、ワタシが驚愕したことがあります。それは、彼が利き腕じゃない左手で投げ打っていたことなのです。

 

 

 神域の技・・・・・。

 

 

 唖然として、カオを見合わせるワタシ達でして、その後、目隠しをして百発百中させたりする彼でして、何よりも感銘をうけ、そして山田にいたく興味を抱いたのは先生とその若き弟子だったようです。

 

 

 これを経緯に彼は、その先生から非常に奇妙なあるスカウトを受けることになるのですが、これはまだ少し先の話です。

手裏剣男~結婚したい男たち症候群~(5)宇宙手裏剣連盟

 

 山田と麗子が良縁センターで出逢ったのが、7月頃の時期でして、ワタシも交えて3人で呑んだのがその年のお盆頃だったかと記憶しています。

 

 

 見目麗しく、とても魅力的な、大抵の男が嫉妬するような彼女を得てからというもの、ワタシと彼との関係は以前ほどに密ではなくなります。

 

 

 しかし、不思議だったのは、なぜ麗子のような三か国語を話す高学歴の才女で、それなりに収入もあった若い美女が、良縁センターなどに登録したのかなということです。

 

 

 それは後で判ることなので話を進めます。

 

 

 いずれにしろ、毎週土曜日には新宿で出逢っては遊んでいたワタシと山田ですが、きっと彼女とのデートに忙しくなったのだと思います。

 

 

 人生に生き生きとしたものを感じさせるようになった彼でして、仕事にプラスαの歓びを見いだすようになったのかな。ワタシと連絡を取り合う心の暇もなくなったのかもしれません。

 

 

 ワタシと彼とが逢うのはせいぜい月に一回あるかないかという程度になります。

 

 

 その月に一回会うたびに、ワタシは、彼が昔やっていた手裏剣というものに興味を抱き、いろいろ質問することになったのです。

 

 

 

 結局、何にでも好奇心をもつワタシは本で読んだ素人知識を酒席で彼に質問するという感じになるのです。

 

 

 手裏剣にはいわゆる棒手裏剣と十字手裏剣というのがあるという事実を知り、びっくりしたものです。

 

 

 手裏剣といえば、子供の頃からのイメージで、十字型をしたものを思い浮かべていたのですが、これは忍者の手裏剣であって邪道であり、現在の古武道に残存する手裏剣というのは、ボールペンの先を尖らしたような、いわゆる棒手裏剣こそが普通にいう手裏剣だということに気づいたのです。

 

 

 戦国時代、武士が脇差しを投げつけたことから創意工夫がなされ、その後体系立てられた手裏剣術が幾つかの流派に分かれては発生したそうです。

 

 

 素人ゆえ、厳密な事はわかりませんが、その後失伝した流派は数多く、古来から現在に至るまで脈々として生きているのは、根岸流とか香取神道流、合気道系の流派だとかがあるそうで、これとは別に新興流派、つまり近時独自の観点から研究家が発表したかのような流派も少々あるという事実を知ったものです。

 

 

 でも妙なんですよね、古武道界にあっては有名な根岸流手裏剣術といっても、山田はクビを傾げるだけです。

 

 

 かろうじて、自分は棒手裏剣しかやったことがない、当時の師匠から十字は絶対にやるなと言われたことがあると言っていたのを聞き出せたくらいです。

 

 

 十字は忍者、棒は武士、そんな説明をできるくらいで、この人、一体どんな手裏剣流派をやっていたのかな、ますます興味を抱くワタシだったものです。

 

 

 「なんかですね、小学生の頃、師匠がですね、手裏剣には相当根強いファンがいるけれど人口がとても少ないっていっていたものです。だから、中には勝手にフランスに移住して宇宙手裏剣連盟なんていう団体をつくった人が戦後間もないころにいたそうなんですよね。」

 

 

 「宇宙手裏剣連盟・・・・・?」

 

 

 「まあ、任意団体なんですが、これは誰にでもつくる自由があるとはいえ、幾つもあったらおかしいことだと言っていたものですよ。」

 

 

 「・・・・・・。」

 

 

 「僕の師匠は、一切術の口外を禁じていたんですよね。笑われるかも知れませんが、師匠は一人、弟子も一人・・・・。その弟子の僕が辞めてしまったんだから、もう山田流は僕の段階で終わってしまったということなんですよね。」

 

 

 人ごとのように笑う彼で、どうも悲しい生い立ちに関係もするようで、それ以上は絶対に話さない彼だったりします。

 

 

 「まあ、やめましょうよ。どうでもいい話はさ・・・・・。」

 

 

 それから、数ヶ月して年が明けた頃のことです。彼から、こんな電話があったものです。

 

 

 「レインさん、参りましたよ。麗子さんに、少しだけ手裏剣の話をしたらね、ぜひ、その技をみせてくれといっていうことを聞かないんですよね。どうしようかと思いまして、それにもう全然やってないからできるかどうかもわからない、どうしたものなんでしょうか・・・・。」

 

 

 「それは絶対やってみるべきだな。」

 

 

 自分の興味もあってか、そんなふうに断言するワタシです。

 

 

 「しかし、東京じゃ、手裏剣ができるところなんてないでしょう。」

 

 

 「確か、畳が必要なんだよね、オレの方で探してみるよ。」

 

 

 彼は自分の師匠も山田の姓だとのことで勝手に山田流なんてコトバを使っていましたが、この不可思議な歴史の闇に消えた山田流手裏剣が再び世に出ることになったのはこういう経緯からでして、その山田流が、最後歌舞伎町で異様な形をもって蘇り、そして本当に失伝するわけですから、興味深い話だと思います。

 

 

 麗子同様、生まれて初めて手裏剣術というものを目撃したかったワタシは、いろいろ考え、彼らに場所を提供することに、成功したものです。

手裏剣男~結婚したい男たち症候群~(4)奇怪な趣味

 

 ワタシと山田との青春の地、新宿西口に林立する高層ビルの展望エレベーター前で出会したワタシ達です。

 

 

 山田と麗子は先に到着しては、ワタシを待ってくれていたものです。

 

 

 「レインさん、紹介します。こちらが麗子さんです。」

 

 

 「はじめまして、今日はよろしくお願いします。」

 

 

 ペコリと頭を下げる彼女でして、慌てて笑顔をつくるワタシですが、彼女の容貌をみて驚いてしまったのは、まるでグラビア写真から飛び出してきたかのようなアイドルタレントがさわやかに微笑んでいたからです。

 

 

 そして、すぐに悟られる大和撫子的な静寂で奥ゆかしいオーラ・・・。

 

 

 この絶世の美女が、山田の結婚を前提とした彼女だというのか・・・。

 

 

 山田は横幅だけはガッチリしているものの、ズングリムックリした体型で男にしては上背がない。彼女とは背格好も同じ程度。

 

 

 それ以外にも、これは自分自身が認諾しているように結婚の諸条件に劣るところがある彼です。

 

 

 二人並んで仲睦まじく前を歩く姿に、彼には大変失礼ながら何度も心の中でクビを傾げたものです。

 

 

 やがて、夜景の見える瀟洒なイタリアンレストランで、3人ワインで乾杯。

 

 

 静寂な奥ゆかしさもさることながら、とても明るく気さくな彼女は、生まれながらにして人を魅了するオーラのようなものを漂わせている感じがしたものです。

 

 

 そして、知性というのは話せば風のように漂うもので、いまだかつて、こんなにいい女は観たことがないと思ったほどでした。

 

 

 山田が席を立ったときです。

 

 

 「山田さんみたいに優しい人、初めてみました・・・・。」

 

 

 小声でワタシに囁く彼女です。

 

 

 「やはり、彼はレインさん達にも優しいんですか。」

 

 

 「そりゃ、そうですよ。ワタシだって、彼みたいに優しくて温厚な人間はみたことないですよ。」

 

 

 「家族の話は何か聞いたことがありますかしら。」

 

 

 途端に笑みのきえる麗子だったりします。

 

 

 「家族・・・・?いえ、岩手県出身で、なんだっけ、誰か親戚の紹介で今の会社に就職したとだけは聞いていますが。なんかあるのですか。」

 

 

 逆に興味を抱いたワタシです。

 

 

 「いえ、彼、家族については凄く話したがらないんですよね。お父さんを幼児のころに亡くしており、母と二人きりで上京するまで寂しいアパートで生活していたなんていっていたんですどね。」

 

 

 へぇ、そうだったんだ。そういえば、彼の口から家族の話をきいたことはなかったな。

 

 

 「それに・・・・。最近、一族に危機が生じそうだなんて一度酔っぱらっては口走ったことがあるんですよね。」

 

 

 「お母さんがヤバイ状態なんですかね。」

 

 

 「いや、お母さんは元気で再来週には里帰りするって言っているんですけどね。」

 

 

 ふーん、一族ねぇ・・・・。

 

 

 やがて、トイレから帰ってきた彼でして、それからしばらくしてお開きになったわけでして、その後、ワタシは彼と二人で二次会に足を伸ばすことになります。

 

 

 二次会の席上、余程愉しいひとときだったのか、珍しくもご機嫌に泥酔した彼ですが、居酒屋チェーン店で今度は愚痴めいたことを口走ります。

 

 

 「なんか心配なんですよね、ホントに彼女と結婚できるのかどうかが・・・・。」

 

 

 「だって、結婚を前提に交際しているわけだろ。」

 

 

 「結局、僕は振られっぱなしの人生を歩んできたわけです。女だけじゃないや、全てにおいて振られっぱなし・・・・。要は自信がないんですよ。何もない自分が果たして彼女のような素晴らしい女性にふさわしいのかどうか・・・・・。」

 

 

 「・・・・・。」

 

 

 「どうですか、レインさんからみて、彼女はホントに僕のことを好いているようにみえましたかね。そうだとしたら、僕のどこが好きなのか、正確に述べてくれませんかね。」

 

 

 「山ちゃんみたいに優しい人、みたことないって言ってたよ。それにさ、山ちゃんはどうみてもオレよりはいい男だと思うぞ。なんでそんなに自信がないんだい。まあ、オレも人のことは言えないけどね。何か特技とか趣味はないのかい。」

 

 

 「あるわけないでしょ。車は運転できない、音楽は聴かない、スポーツも読書も苦手だ・・・・・。」

 

 

 「いやそんなことはないよ、今まで生きてきて、何か一つくらいには夢中になったことがあるはずだよ。」

 

 

 うーん、しばらく考え込む彼でして、こんな意外なことを話し出したのです。

 

 

 「まあ、特技といえるかどうかはわからないけれどね、子供の頃から上京するまでやっていたことが一つだけあったな。」

 

 

 苦笑する彼です。

 

 

 「なんだい。」

 

 

 「手裏剣ですよ。まあ、これは趣味とはいえないな、とても悲しい少年時代の思い出がありましてね・・・・・。」

 

 

 手裏剣・・・・・。

 

 

 いまだかつて、手裏剣をやるなんていう人間とは出会したことのないワタシでして、非常に興味を抱いたわけです。

 

 

 根掘り葉掘り手裏剣について尋ねるワタシに、彼は苦笑しては、もうその話はやめてくださいなんていいます。

 

 

 しかしですね、その後、彼の手裏剣術というのが運命の必然かのように世間に問われることになり、ワタシもその術技を目撃したわけですが、驚きましたね。とても人間業とは思えない神域のような業を目撃し、鳥肌が立ったことを今でもよく覚えています。

 

 

 彼の心の闇の部分に堅くしまわれた手裏剣と、麗子との恋がどういう結びつきをみせるのか、そして、最後、どのような結末をみせるのか、少々怖いような気もしますが、先を進めます。

手裏剣男~結婚したい男たち症候群~ (3)麗子

 

 その当時、ワタシは比較的実家近くの築40年という一戸建てのオンボロアパートに住んでいたものです。

 

 

 狂乱の時代にふさわしく、どうせ汚い部屋なんだから、どうでもいいやという感じで、6畳と4畳間はワタシの心のように荒れ放題。

 

 

 あまり思い出したくないのですが、そのオンボロ家、竹藪の中にあり、お化け屋敷のような趣があったものです。

 

 

 ホントに怖ろしかった・・・・・。昼間でも薄暗いのに、深夜となるや、寂寞なことこのうえない。時々、竹がふさふさと泣く音を聞くと、思わず身構えたものです。

 

 

 なんだか、本当に我が家には、死者の怨念が住み着いているような気がしたものです。

 

 

 40年もの間、どれだけの人間がこの家で居住を繰り返したのか。

 

 

 やはりですね、畳にも壁にも無数の肉汁だけではなく、40年間、何組もの居住者達の吐息やら憤怒の声なんかが、びっしりと詰まっているような気がしたものです。

 

 

 周囲は暗い竹林、やはり、人間の幸の源は、生活の土台・・・・。つまり住む家による影響が大だと思います。

 

 

 孤独な寂しさなんかではなく、純粋にお化けに対する恐怖のようなものを感じ、このままじゃ、ワタシはダメになる、生活の土台が依然築けないのは、この家に原因があるのでないかと思うようになったのです。

 

 

 大家はとても近しい間柄だったんですよね。だから、引っ越しの挨拶をするにあたって、その理由をなんと言ったものか、少し考えたものです。

 

 

 30歳過ぎた大の男がお化けが怖いから引っ越すとは言えないものです。それにこれは家賃をずっと下げてくれた親しい知人の大家に或る意味究極的に失礼な話だ。結局、悩んだワタシはもっと明るいところに住みたくてなんて、バカな理由を口走るわけですが、こういう失言癖は最近だいぶなくなってきたものです。

 

 

 真夏の熱帯夜のことです。当時、毎週日曜日には或る習い事をしており、帰りに新宿で呑んでは千鳥足で竹藪のマイホームに辿り着いたものです。

 

 

 その日は余程気分がよかったのかな、机の前の窓ガラスを空けると、柿の木の向こうに無数の星屑が夢色の微笑みをもっては、とても愉しく投げ掛けます。

 

 

 缶ビールでも呑もうかと思ったときです、固定電話の「オリビアを聴きながら」が部屋中にこだまします。

 

 

 時計を見ると、針は夜中の12時を過ぎています。

 

 

 誰かと思ったら、それは山田からでして、久しぶりにおっとり調の喋りを耳にしては、思わず頬をゆるめたものです。

 

 

 そういえば、ここ一ヶ月位、一切彼との連絡がなくなっていたことに気づいたワタシです。

 

 

 良縁センターで偶然出逢ってから以降、毎週土曜には新宿や六本木で遊ぶようになったワタシ達ですが、7月に入ってからというもの、こちらから電話をかけても応答さえしない始末で、段々、彼のことは忘れつつある状態だったわけです。

 

 

 「ああ、どうも、元気ですか。」

 

 

 「うん、久しぶりだね、どうしたの。」

 

 

 「いえね、前、話しましたかね、ほら、これで最後にするつもりだといっていた良縁センターでの最後の見合い相手・・・・・。」

 

 

 「ああ、そういえば、そんなこと言っていたよね。」

 

 

 「彼女とですね、信じられないかもしれませんが、とてもうまくいきだしたんですよね。最初で最後のマッチングなんでしょうかね。」

 

 

 「・・・・・。」

 

 

 「今夜二度目のデート、凄く長い間いろんなことを話し合ったんですよね。なんか、このままゴールインしそうな感じで、嬉しくて、嬉しくて・・・・・。今帰り道、自宅近くのコンビニ前から携帯でかけているところなんですよ。」

 

 

 「へぇ、全然、モテないって言ってたのに、それはいいことだね。」

 

 

 「どうでしょうか、今度の金曜日、3人で会いませんか。彼女、麗子さんといって僕と同い年なんですが、いつもレインさんのことを話しているんですよ。」

 

 

 結局、その週の金曜日、ワタシは彼らカップルと夜の新宿で会うわけでして、初めて山田から紹介された麗子を見た瞬間、全身に電流が走るかのような驚きを感じたものです。