コウモリ男の秘密(最終話)作品展示会

 

 執行猶予の判決をうけ、全てを失い、荷物をたたんで東京の安アパートへと一人向かった彼・・・・。

 

 再就職先には、彼の父親の友人が都心で経営する○○アートギャラリーへ見習いのような形で身を置くことになったそうです。

 

 彼の場合、少年時代から絵心があったのでしょうか、絵画の世界では早世の才を見いだしていたということをききます。しかし、所詮、趣味の世界の話であり、自分自身もさして意識していなかった世界です。

 

 しかし、父親の友人の会社では素晴らしい才覚を示したそうですね。

 

 殆どがデスクワークで、肝心な絵などに触れることなど、罪深い自分にできるわけがない・・・・。

 

 一生懸命、周辺事務に携われる彼の目が、一枚の絵と出逢います。

 

 東北の或る画廊に仕事で出かけ、目にしたものですが、非常に奇妙な絵だったわけです。

 

 「コウモリの死」

 

 その画廊では、そんな類の得体の知れなさをテーマにしたものが多く、彼は一瞬釘付けになります。

 

 早朝の路上、ゴミバケツの側で息絶えている一匹のコウモリの死骸・・・・。そしてアスファルトの向こうには、旅立ちの朝の燭光が黄金色に輝いている・・・・。

 

 それから数年たってですね、ワタシは、このH雄の事件を教えてくれた知人から面白い話しをききます。

 

 東京の大きな画廊に、H雄の描いた絵が展示されているとのことで、それはそれは大変評判がよいものだそうで、現在、彼は絵の先生として第二の人生を歩み出して素晴らしい生き甲斐を求めているということなのです。

 

 スカート下の盗撮、覗き、露出、後を絶たないこの種犯罪・・・・。

 

 教授も弁護士も芸能人も誰もかも・・・。

 

 どうにかならないものか、当時のワタシは活火山のように正義感を爆発させては真剣にそんなことも考えていたわけです。

 

 犯罪の対策には、とりわけ性犯罪においては、科学技術的な対策の他に、なぜ、そのような行為に出てしまったのかという理由を解明し、そこから対策の一環を見いだすことも大切だと思います。

 

 要するに、個々的というよりも多くの犯人たちに共通な理由を見いださんと試みるや色んなことをいう人がいます。フロイトの性倒錯論やら、異性コンプレックス、健全な接触ができなかったこと云々・・・・。みな一面真理はついているとは思いますが・・・・。

 

 しかしですね、このH雄の事例から一つ浮かび上がるものを感じたものです。

 

 露出にしても、スカート下の盗撮にしても、根本にあるのは目なのではないか。

 

 性欲が目に集中してしまっているのではないだろうか。そこにひとつの歪みがあるわけで、いってみれば視覚エネルギーの過剰・・・・・。

 

 心というものの奥底からその原因を解明することばかりにとらわれ、視覚というものをおざなりにしているような気がしたものです。

 

 視覚エネルギーの過剰な部分、これはH雄のように芸術的な部分に昇華することも可能なのではないでしょうか。

 

 絵画や芸術写真に限らず詩作でも脳裏に浮かんだものを表現する作用、そういう点に優劣を競うという場へ彼らを登場させたら・・・。

 

 妖しいものを感じてしまうわけです・・・・。

 

 露出に限らず痴漢やロリータ等色々な性犯罪には本当はやめたくてならない人がたくさんいるわけでして、ダルクの性犯罪版みたいなところもあるわけです。

 

 色んな仮定的解決法を考えることも社会的に有益な話なのかなと思ったりもする今日このころです。

コウモリ男の秘密(5)闇夜に蠢く

 

 彼が当時夢想したのは、自分が好みの女性と例えば早朝の森の中、全裸で彷徨い、やがてポカリと口を広げた大きな誰もいないはずの草原で一糸まとわぬまま性交に及びたい・・・・。

 

 激しく人の目を意識する反面、隠れる快感と隠れきれない快感・・・・。

 

 そんな妄想が激しく脳裏を襲い、やがて職務にも集中できなくなります。ホンキでそんな願望を実現すべく頭をひねるわけですから、日常生活にも支障がおよぶのは時間の問題です。

 

 しかしですね、そんな話はまさに絶対不可能な夢想の中の一点なわけでして、実現できないからこそ、余計イライラはつのる・・・・。

 

 彼女でもできれば、なんとか口説けないものだろうか、突き詰めればこれは単なる露出趣味を越えたものであり、大自然と一体化する大洋経験にもつながるものなのではないだろうか。

 

 焦燥は、抑えきれない欲動が正常の奔流を抑えきれなくなったところから爆裂します。

 

 そして、ついに、彼は自分ができる範囲でのことということで、深夜全裸の上に黒のベンチコートを羽織っては、勤め帰りの女性を捜すようになるのです。

 

 最初のうちは、その姿のまま通り過ぎるだけでして、大した問題にもならなかったのですが、ある晩のことです。

 

 グラマラスな肢体に若々しい美女を見つけては、突如、彼女の前に立ちすくみ、黒のベンチコートを両手で広げ、まるでコウモリが陸地をジャンプするかのような奇態を踊り示してしまったのです。

 

 「きゃぁっー。」

 

 女性の絶叫に近辺のサラリーマン二人組が闇夜に羽ばたくコウモリ男を現行犯逮捕してしまったということで、この話は終わります。

 

 この事件が起きたのが今から約10年前、そして、ワタシがその事件の本当の顛末をきいたのが、それから更に8年が経過してからのことですから、一昨年の話です。

 

 コウモリ男は結局逮捕され、裁判では懲役6月、3年間の執行猶予が付いたとのことですが、捜査機関側が注目したのは、この種事犯にありがちな再犯可能性です。

 

 必ず、H雄のような変態男というのは、己の意思とは関係なく同じ事を繰り返すはずだ・・・・・。

 

 しかしですね、いっさい、そのような素振りがなくなったとのことです。

 

 もちろん、H雄の場合、会社はクビになり、周囲の信頼を一切なくし、東京に一人引っ越しては再起を図ったとのことですが、ワタシが驚愕したのはその後の変身ぶりです。

 

 今回の話の主眼はそこにあると思っていただいてかまいません。

 

 彼にはですね、少年時代から好きでやっていた一つの趣味がありまして、それをもとに見事に更生することになるのです。

 

 ワタシは、ここに犯罪心理学における一つの発見のようなものを感じるようになるわけです。

コウモリ男の秘密(4)燃えあがる異常、奔流する正常

 

 

 H雄の場合、大学卒業後、地元に帰ってきたわけでして、安定した就職先を見つけては、世間一般からみれば、非常に親孝行な健全な生活を送り出したわけです。

 

 とりわけ、一人息子であるH雄の親孝行ぶりは近隣でも評判なほどで、毎月の給与のうち大半は両親にあてがい、若いうちより指針ぶれぬ大変な職務精励振りを示していたといいます。

 

 彼を慕う仲間は多く、週末にはいろいろなところから宴会の声がかかる。要するに、ホントにいい奴であり、女性にも人気があったとききます。

 

 重大犯罪なんかが起きると、近隣諸氏のインタビューなんかがワイドショーで取り上げられることが多々あります。大抵は、あんな真面目でいい子がとか、信じられない話ですという証言が殆どです。まあ、この点はテレビ局側の思惑もあって、そういう意外性を際立たせるというのもあるのかな。

 

 ワタシに言わせれば、ワイドショーこそ文字ではない最高の推理小説だと言えなくもないですからね。

 

 さて、H雄の場合ですが、彼は一人っ子で年老いた両親が手鞠を撫でるように恵み育てたわけでして、反面、父親はとても教育に厳格な地元高校の教師でもあり、とてもモラルのレベルの高い青年に成長しきったわけでもあります。

 

 やはり、正論を言動に映し出す男というのは、男にも女にも好かれるというか、多くの人が集まってくるものだと思います。

 

 幼い頃から、彼の背中を後ろ盾するかのような人間の成長的王道は、水面の穏やかさとは別に水下には過激な大流もあったはずです。

 

 歳をとるにつれ、深瀬へと進まざるをえないこともあり、やがては、その背中でその水流を抑えきり悠々と泳ぎ切るのには辛いものが生じるのも人生なのかもしれません。

 

 プレッシャー、もしくはストレス・・・・。

 

 彼は数年前に夢想した歌舞伎町サウナでの堰を思い起こしたりするようになるのです。

 

 そして、社会人になってから、再びサウナにカオを出し女性マッサージ嬢を探してみたり、露天風呂でわざ女性に見られるシーンを試みたりとするするわけでして、車で出かけたりしては、ひそかな楽しみを見いだすようになります。田舎町ゆえ、車で一日かかるような行動が多くなります。

 

 しかし、どうしてでしょうか、いくら露出はやり方次第では犯罪にならないとわかっていながらも、なぜ自分はこんな馬鹿げたことをするのか。

 

 彼にも通常の男性同様、セックス願望、女性の裸体をみたい願望はあるわけですが、理屈っぽい彼は色々己の性癖を推理します。

 

 たとえば、見られる相手は誰であっても構わないわけでじゃありません。

 

 絶対に男であってはならない。中年の酒臭いメタボ親父に見られたりした日には一日どころか一週間を棒にしてしまうような気がする。次に老婆も困る、幼児は意味がないな。

 

 要するに自分が見たい、やりたい、そんなふうに思う女性にみられたいわけでして、これは具体的にはこんなことかなと結論つけてみたものでして、そこからこの異様な事件は始まるのです。

 

 つまり、例えば、気に入った女性の裸体を見る、もしくは性交したときの彼女の表情を見る、見て愉しむ、しかし、それは男側の主観だけであって女側の本当の気持ちというのはわかっていないのではないか。

 

 自分が裸になって見られる、犯される、そこに本当の女側の被虐と男側の加虐が混在一致して感得されるというのではないか。その代わり、状況にあっては男である自分と女である相手側、それ以外の登場人物があってはならない。

 

 もちろん、そんな理由だけではなく、単純に女性の驚くカオを見たいとか、ニコリと微笑む表情をみたいという得体の知れぬ願望もあったわけですが、これは普通のセックスの歪んだものにつながるのではないかと自己判断するわけです。

 

 いつしか男性作家が書く官能小説なんかよりも女性作家の書くそれに心奪われる彼だったりします。

 

 女流性官能作家の場合、エッチの中に愛の描写が長たらしい反面、一層女性の性的満足性に対しては、どんな男性作家よりも真理に近いものがあると思われます。当たり前か。

 

 深夜残業が続いたある晩、自室で、初めて業界では有名な○○女史によるレイプ小説を読んでいたときです。

 

 そのとき、H雄の脳裏には電流がショートしたものです。そして、こんなことを考えたわけです。

 

 刹那であってもいいから、燃え尽きる性の瞬間だけ、自分は男になりたい、そして女になりたい・・・・。

 

 しかし、自分には無理矢理女性を犯したりする反モラルなことはできない、誘惑する経験も能力もない・・・・・。もちろん、男色の気は200%ないから、相手は男じゃだめだ。

 

 どうしたらよいか、露出の性癖と合わせて世にも異様な試みを思いついたのです。

コウモリ男の秘密(3)脳裏に焼き付き、離れぬもの

 

 

今から約10年前に関東近県某市で発生した、世にも奇妙なコウモリ男事件については、結局、犯人H雄における歪んだ性欲に基づくことは事実であるものの、この話、最後には意外な結末へと辿り着きます。

 

 

 やはり、最初に話すべきは、H雄が大学一年生のときに新宿のサウナで経験した出来事からだろうと思われます。

 

 

 その晩、時計の針が翌日にまわった頃でしょうか。H雄は先輩とフルチンのまま浴場へと歩を進めたわけです。

 

 

 出口に近い一角でしょうかね、ほんの狭いアコーディオン式の小部屋があり、目隠しはあってないようなもの、外からでも中は覗けます。

 

 

 二台のベッドが並んでおり、そこにはタオルで股間を隠した中年男性が年老いたオバさんマッサージ嬢に全身をマッサージしてもらっているのです。

 

 

 まったくもって客の方はエロスの想定はしておらず、気持ちよさそうにベッドに横たわっているだけでして、これは別段サウナにあっては日常的な風景だと思います。だからこそ、妙齢な色っぽい女性は少ないのでしょうかね。

 

 

 いかがわしいマッサージではありません、サウナにはよくある事で、マッサージをする者は中国人女性が多いわけで、短パンにTシャツ姿の肌を露出したマッサージ女性が浴場内を出たり入ったりしているものです。

 

 

 サウナ初体験のH雄にそんな事情は知るよしもなく、悠然と歩いていたところ、40歳位でしょうかね、その世界ではかなり若目なマッサージ嬢とばったり出くわしたのです。

 

 

 えっ・・・・・。

 

 

 ニコヤカに会釈するTシャツ、半ズボンの彼女でして、入り口先のトイレにでも向かうところだったのでしょうか。

 

 

 彼女の笑顔を凝然として見つめるH雄でして、やがて彼女の視線が彼の股間の逸物に向かうのを見逃さなかったものです。

 

 

 フフフ・・・・・。

 

 

 笑みを浮かべてはそのまま通り過ぎる彼女なわけでして、やがて、その彼女、アコーディオンの中では普通にマッサージをしている光景が浮かび上がります。

 

 

 その後、ボディーシャンプーで自分の身体を洗っているや、その彼女が再びやって来ては、こんなことをいいます。

 

 

 「お兄さん、マッサージはどうですか。」

 

 

 そのときもまた股間の逸物を見つめられているような気がしたわけですが、金がないので、断ったものです。

 

 

 その晩、彼はサウナの仮眠室で興奮の坩堝に襲われることになります。

 

 

 なぜなんだろう、別に女性の裸体を目撃したわけじゃないし、触れあったわけでもない、しかし、それに勝るとも劣らないような強烈なリビドーが鋭利な刃物のように脳裏を突き刺すのです。

 

 

 性的に興奮するのに理屈はいらないと思います。しかし、あの40歳位とおぼしき可愛らしい顔をした彼女に不意に股間を見られたとき、不快感は一切なく、むしろ恍惚とした羽根に全身を包まれ、天にも舞い上がるような気持ちになったのです。

 

 

 それから、彼はしばらくそのサウナにカオを出すようになっては、わざと中年マッサージ嬢達に見られる愉しみのようなものを感じるようになります。

 

 

 なぜか、彼女たちは必ずしっかりと見てくれるわけで、それがまた愉しかったわけです。

 

 

 どうしてなんだろう、この奇妙なエクスタシーについて自問自答する彼です。

 

 

 露出・・・・。

 

 

 その後、彼がサウナに行かなくなったのには理由があります。

 

 

 今度はいろいろと露天風呂を探すようになり、同じようなシチュエーションを十分以上に求めることができたということもあるのですが、もう少し若くて綺麗な女性に見られたいと思うようになったからです。

 

 

 彼自身も自問したものです。覗きや盗撮とは少し違うな、どうして自分は女性に股間や全裸を見られることに、こんなにも興奮するのだろうか。覗きはそのものが罪になるが、露出は方法によっては罪にはならない、そんなことも考えます。理屈っぽい彼は困った性癖が花に水のように成長しゆくことに困惑します。

 

 

 しかし、女性であれば誰でもいいわけじゃない、できれば若くて美しい女性に・・・・。

 

 

 いろいろと考えるうち、どうもですね、股間を見られたときに、実は同時に自分も相

手の全裸を見ているような心象に気づきます。

 

 

 自分の中にある女性的な部分、つまり、やだ、恥ずかしい・・・・。

 

 

 どうなんでしょうか、その瞬間、自分の心にある男と女が一瞬にスパークして、自分の女性的な部分の中に彼女を取り入れ、彼女の恥ずかしさの危機を感じさせてもらう・・・・・。

 

 

 ここまで話せば、後のコウモリ男事件というのがどういうものであるのか、大抵の読者にはおわかりかと思われます。

 

 

 昔犯罪心理学か何かの本で、公然わいせつ罪、つまり露出狂男の心理について語っているものを思い起こします。

 

 

 それには、自分が見せることによって、相手も見せてくれるのではないかという期待・・・・。

 

 

 確かにそれもあるとは思うのですが、それだけでは漠然とし過ぎていてわかりにくいし、特別予防、つまり、こういう犯罪が二度と起きないようにするには、もう少し掘り入った考察も必要な気がします。

 

 

 しかしです、潜在意識の中に、そのような自分の露出を通して相手の露出を心内に見いだすというのならば、なぜ、もっと端的に覗き趣味に走ったりはしないのだろうか。

 

 

 視覚を介して相手を攻める行為を覗きやら盗撮とした場合、そこにはS的要素が充満していると思います。そして、視覚を通して相手から攻められるということはM的な要素に充満しているのでしょうか。

 

 

 犯罪というものは基本的に攻撃的であり、その要素が少ない方が罪にならぬことが多く、つまり手っ取り早いということがあるのでしょうか。

 

 

 学生時代に、ほんのふとした偶然から露出の快感を知った彼は、その快感を高めるために、女性の性心理についても学びたくなってきたもので、奇妙な教養の範囲は広まることになります。

 

 

 どういうことかというと、その露出の一瞬間に、見られる女性の気持ちを燃え尽きるかのように感得したいという非常に錯綜した不思議な気持ちが湧き上がってきたのです。

 

 

 男と女、めまぐるしく回転する闇中のネズミ花火が最後に最高の逆光を月へと打ち上げるのは、もう少し経ってからのことです。

 

 

 就職し、忙しい仕事の合間、彼は決して犯罪に触れないような形でひっそりと己の欲望を実践するようになるのですが、彼なりに考えた理想的女性の性というものが完成したのはそのころの話です。

 

 

 そして、過激な行動は、いよいよ坂道を転げ落ちるように司直の手までへと発展するのですが、次回に彼の日常的な生活状況なり恋愛なりについても話してみたいものです。

 

 

 このような変態男とは似ても似つかない生活を送っていたものです。

コウモリ男の秘密(2)サウナの秘密

 

 

 コウモリ男こと佐藤H雄が初めてサウナというものにカオを出したのは、彼が大学一年のときです。一年間、受験浪人をしていたので19歳のときでしょうか。

 

 

 大学の新歓コンパの帰り、終電車を失い、三年生の先輩に連れられて入店したのが新宿のサウナだったわけです。

 

 

 生まれて初めて入ったサウナは、温泉を遊園地のように広くして、三つからなる大きな浴槽、そしてサウナ室、階下を降りるや幅広いリラックスルームがずらりとソファに並んでおり、奥には酒場や仮眠室へと続くわけです。

 

 

 夢のゆりかごをのぞき見るような感じで、彼は生まれて初めて大人の楽園的自由のようなものを感じるわけです。

 

 

 平日のかなりに遅い時間帯だったせいか、素泊まりのサラリーマンは仮眠室でイビキをかいている時間帯だったのかもしれません。それでも、浴場やらサウナ室にはいくつもの男根がぶら下がっているわけです。

 

 

 先輩とくだらぬ話をしながら、ジャグジーへと向かったときです。彼は、そこで自分の運命を変えるようなシーンに出くわすのです。

 

 

 もちろん、同性愛者の触れあいを目撃ないし体験したなんていう単純なものではありませんが、彼はそのときにですね、自分の無秩序に成長した混沌とした性欲に一つの結論を感じるわけでして、それが後にコウモリ男として地方都市の一帯を恐怖の坩堝に追いやる遠因となるわけなのです。

 

 

 そのシーンをもう一度味わいたくその後時たまサウナにカオを出すようになる彼ですが、やはり、金がなかったこともありいつしか足は途絶えます。

 

 

 投じた小石の池波のように、彼の脳裏には或る幼虫がやがてサナギへと成長して、巨大な生き物へと脱皮していくことになるのです。

 

 

 あの晩、サウナで目撃した震撼すべきシーンというかシチュエーション、これは別段サウナでなくとも再現可能な世界なんじゃないだろうか、そう思うところに加速度的なコウモリ男の発展が見いだされるわけです。

 

 

 それからです、彼が突然のごとく、女性趣味のようなものを意識して身につけるようになったのは・・・・。

 

 

 少女漫画やら女流画家、それに女流作家による女の世界へと傾倒していくことになるのです。元々が大人しくて優等生タイプだった彼は、以前から大の読書家だったことも幸いして、やたらとその手の書ばかりに熱中するようになります。

 

 

 しかしですね、どうも、後世に残る純文学にしても大衆小説にしても、主人公というのはたいがいは男であり、もちろん女を主人公にしたものも多いけれど、その作者というのはたいがいが男なわけです。

 

 

 あのサウナ事件以降、確かに真面目な彼には卒業後の進路をしっかりと考えていたゆえ、そんなに性急に一つの強固たる計画的性癖の城が構築されたわけでもありません。

 

 

 頭のよい彼は、単位の取得に抜け目なく、キャンパスライフもそれなりに楽しんでいたわけですから、卒業後就職して一気に堰をきるようにその性的設計図が奔流したということなのでしょうか。

 

 

 彼が最後に辿り着いた女の世界、それは女流作家による官能小説の世界だったわけです。

 

 

 絶対に男性作家によるものであってはならない。男性作家によっては、女性の本当の性欲やら恥辱というものを描写仕切れないのは当然だ。

 

 

 そんな思惑から神田の古本街を探してもみたわけで、有名な女流官能作家の書を耽読

することから初めて、やがてそれは更に鋭角的にひとつのジャンル的文章へと進んでいくのです。

 

 

 大学時代は、ただただに自分のなかに眠る極めて個性的夢想的日々を過ごしただけなわけですが、卒業後、就職して人生に最初の一段落がついた頃の話です。

 

 

 金が自由になるようになった、そういう事情もあったのだとは思いますが、少しづつ、彼は己の夢想美を実現しようとしだしたのです。

 

 

 それもこれもが、19歳のときに経験した新宿のサウナでの或る出来事に起因することだということは、後に警察での供述調書にあらわれるところです。

 

 

 読者の皆さん、ここまでの話では一体全体何をいいたいのかわからないことかと思います。

 

 

 次回では、H雄が初めて入った新宿のサウナで何を見てしまったのか・・・・・。そして、その後いかなる理由で、己の心に女性の性的な心理を必死に取り入れようとしたのか、そして女性の性的な心理とは彼にとって一体どのようなものだったのかについて詳しく話したいと思います。

コウモリ男の秘密(1)新都市伝説

 

 

 都市伝説というものには、いろいろあると思います。

 

 ワタシが少年時代には例の口裂け女、ホントに怖ろしかったですね・・・・。

 

 ワタシの幼なじみは恐怖のあまり半ノイローゼ状態になり、夜外出できなくなったほどです。

 

 大学時代には「ドラえもん」の最終回、あれも非常に不気味で夢に出てきたくらいです。

 

 ワタシが「コウモリ男」の伝説を聞いたのは、今から10年位前のことでして、これはコウモリの格好をした男が深夜出現しては、通行人の前で踊り狂い驚愕の坩堝に陥れたうえ、そのまま本当に天に飛ぶが如く疾走しては消えゆくという話です。

 

 しかし、これはどうにも都市伝説なんかじゃなかったわけです。

 

 つまり、地方都市の或る一帯にのみ出現したコウモリ男でして、全国紙ではなく、その一帯の地方紙に掲載された程度の、いわゆるローカルな話題だったことにもよります。

 

 それに、コウモリ男は、3度目に出現したとき、本当のコウモリよろしくあまりにも異形な風体のまま逮捕されたわけでして、最終的に、謎の神秘性はメディアによって公にされてしまうからです。

 

 コウモリ男の正体は、当時、27歳の会社員男性、地元に両親と居住する者であることが判明するわけですが、ワタシがその話を聞いたのは事件後数年してからのことです。

 

 当時のワタシは(今もそうですが)、いろいろな怪事件を収集する癖がありまして、とりわけ、このコウモリ男事件についてはひどく印象に残っているものです。

 

 以前やっていたブログで「ピエロになった男」の世にも希なる事件を話したことがありますが、このコウモリ男事件はそれに勝るとも劣らぬ幻想的不気味さの爪跡をワタシの胸中に残しきったものです。

 

 今後、ワタシが敬愛する江戸川乱歩師に捧げる「奇妙な交通事故」の話もしますが、その序奏曲のような感じで聞いていただければ幸いです。

 

 前置きが長くなりましたが、結論までにはそんな時間はかかりません。まずは、なぜコウモリ男がこの世に出現したのか、これは犯人の生い立ちから話す必要があるかと思います。

 

 コウモリ男こと佐藤H雄は、関東近県の某市で出生し、少年時代から何の問題もなく東京の大学を卒業し、やがて地元の会社に就職します。

 

 卒業後は地元に舞い戻り、一人息子の彼は両親とともに仲良く生活しており、友人も多く職場内での人望も厚かったそうです。

 

 問題といえば、いまだ彼女ができないことくらいで、一体全体なぜに・・・。

 

 ひとつだけ彼には奇妙な性癖というか、そういうものがあったそうですが、それは友人知人誰も知悉していなかったことが後にわかったそうです。

 

 大学を卒業し自宅に帰って来た頃からでしょうか、彼は非常に奇妙な事に熱中することになるのです。

 

 サウナ・・・・。

 

 その頃、週末には、なぜかサウナを愛し、市内から電車で二時間もかけ、新宿のサウナに頻繁に通うようになっては、母親に不審がられるようになったとのことです。

 

 このサウナ通いはすぐに断絶することになり、その後サウナ通いついては聞かなくなったとのことですが、その頃からですね、彼の週末の行動には非常に秘密めいたものが生じてきたということが、後の母親の証言からもわかります。

 

 毎週末になるや、朝からひとり車でどこかに出かけては、夜帰ってくる。メーターをみると相当な遠距離であることがわかる。

 

 そろそろ結婚相手を見つけなければならない年齢だというのに、毎週末になるや、彼は何をしているのだろうか。

 

 絶対に行き先を告げない・・・・・。

 

 あの頃から、もっと監視すべきだったとは、その後の彼の両親の言です。

ハンドルネーム、リリーの話(最終話)リリーのその後

 

 

 更に、リリーの話は続きます。

 

 「takadaに会いたい・・・・。

 

 私のようなタイプには、好みの男性について絶対不可欠の条件があります。

 

 優しい男、少しニュアンスが違うかな、とにかく、絶対に私を傷つけない男・・・・。そして、ボランティアに励む男です。カッコよくて、全身から信念のオーラが漂ってくるような人です。そして、皆に愛される人間的魅力・・・・。

 

 takadaはそれらの要素の全てを満たしていました。それはそうですよね、私が作り上げた空想上のtakadaなのですから・・・・。

 

 現実と妄想の区別が段々とつかなくなる私は、ついにtakadaに会おうと思い立ったのです。

 

 ブログでも報告した通り、私は本当にtakadaと約束した渋谷のハチ公前まで赴いてしまったのです。

 

 ずっと待っていました・・・・。下を向いたまま、ずっと、ずっと・・・・。段々雨が降ってきます。結局、自分には永遠に・・・・・。

 

 帰宅して泣きながら、takadaのことを考えました。翌日も翌々日も・・・・。

 

 ブログを一切更新しなくなったのは、これ以上、読者の方を、そして何よりも自分自身を騙し続けることに初めて罪悪感のようなものが芽生えたからです。

 

 或る台風の晩のことです。

 

 昔から、自分の成長を阻害するようなものの正体にふと気づいたのです。

 

 それは何か・・・・。

 

 それこそがtakadaだったのではないだろうか、私は彼を殺害することに決めたのです。

 

 生身の人間を殺害する残酷さのようなものはないわけですが、痛みこそないものの自分の心臓にブスリと刃物を突き刺すような精神が分裂する、恐怖ではなく寂寞的覚悟があったものです。

 

 しかしです。胎児が母体からこの世にカオを出す瞬間、呼吸法が異なるだけに、胎児は究極の恐怖を抱いて、まさに京王プラザホテルから飛び降りるような気持ちでカオを出すそうですね。死ぬときの恐怖と似たようなものなんだという話を何かの本で読んだことがあります。

 

 再生したい、幸せになりたい・・・・。そのために、私は自分が一番捨てたくないものを捨てる決心をしたのです。

 

 親愛なる大崎先生、私が大の推理小説マニアであることはご存じのことと思います。この話は心理的な意味で事実に基づくものです。

 

 なんとなく心が楽になった最近思うのですが、この話、なんとか肉付けして推理小説にできないものかなと発想しました。

 

 一人二役、これは推理小説では使い古されたトリックで、現在使ってはならないようなタブーみたいなところがありますね。

 

 しかし、ネット世界における一人二役、いや三役というのは、まだまだ新境地のような気もします。

 

 とても奇妙な私の精神世界、これを旨い具合に小説風に発展させ、一つの自己実現にしたいと思っているのですが、どんなタイトルがいいのでしょうかね。

 

 最後、先生に手紙を送るくだり、江戸川乱歩の「人間椅子」と同じなので、「人間ネット」なんていうのはどうかしら、しかし、これはセンスないですね。もう一つの名作「鏡地獄」、これは鏡の世界に入って発狂してしまった男の話ですけど、それにならって「ネット地獄」というのはどうかしら。

 

 寒い時節となりましたが、先生のますますのご活躍、ご健勝を祈念して、私の長かった話を終わりにしたいと思います。 敬具」

 

 ワタシがこの話を大崎氏から聞かされたのは去年の秋口のことです。

 

 大崎氏のもとには、多くの読者から創作小説が届けられるそうですが、自分の心胆を震わせるようなものはないと言っていました。

 

 しかしですね、このハンドルネーム、リリーからの話についてだけは、ずっと沈黙を保ち、一言こんなことをいったものです。リリーの創作といえば創作だけど、創作する自分を正直に述べて、さらにそのうえ創作を試みようとしている・・・・・・。

 

 話はこれで終わりません。

 

 今年の7月下旬のことです。

 

 リリーの事はときどき思い出すことはあっても彼女のブログに訪問することはまったくなくなったワタシです。

 

 一昨年の秋口から放置状態になっており、もはや巨海のネット社会にあっては、海の水雲になって久しいものがあると思ったからです。

 

 しかしですね、フラフラと海を漂うように、7月下旬にホンの気まぐれで彼女のブログに訪問したときです。

 

 えっ・・・・!

 

 偶然、一週間前に更新されているのに気づいたのです。

 

 一昨年の秋口、takadaと渋谷のハチ公前で待ち合わせをした記事から、一年以上もの歳月を経て、更新された最新記事にはこんな内容の文字が可愛らしい絵文字と一緒に躍っていたのです。

 

 「みなさん、お久しぶりですね。元気でやっていましたか、もう私のことなんか忘れてしまったでしょうね。私はその後takadaさんとはわけあって別れました。とても悲しかったのですが、最近、新しい恋人ができたんです。昨日の休日も私の家まで来てくれたんで、手料理をご馳走したんですよね。私ももう少し勉強しなくちゃね・・・・・。」

 

 醜形恐怖症は精神的未熟さ、つまり、他人と正しくコミュニケーションをとれない性格やら人格に気づかないところに原因があるのではないかといわれていますね。

 

 例えば、対異性について、そういう未熟というかうまく付き合えない自分、それがなぜなのか。性格とか内面的な部分は目に見えないわけで、認知しにくいし、直しにくい、だから、全部を容貌にすり替えてしまうのではないかという意見もありますね。

 

 リリーの最新記事に見いだした、「新しい恋人ができた」という点、今回は、ハンドルネーム、リリーの作り話でもないような気がしたものです。