ハンドルネーム、リリーの話(4)理想の男性

 

 

 大崎氏にいわれるまま、リリーの日記を読み進めていくうち・・・・。

 

 2005年秋口から、頻繁にコメント欄やら彼女自身の記事内容に登場するようになったtakadaというニックネームですが、ワタシは早速、リンクされたtakadaのブログへと飛んでみたわけです。

 

 えっ・・・・。

 

 非常に意外な感じがしたのは、そのタイトルでして、「犯罪被害者支援について考える」という非常に硬派なものでして、凡庸なOLのチーズケーキ的ブログ内容とはひどく異質なネット主張を感じたわけです。

 

 takadaのブログ内容は、基本的には普通のサラリーマンの日常生活を真面目にネット社会に発信する日記風なものなのですが、その「犯罪被害者支援」というワーズでしょうか、これが非常にきわだった個性を彩っているわけです。

 

 読み進むうちに、彼の場合、どうも日常は普通のサラリーマンらしいのですが、神秘の影に包まれたところがあります。しかし、毎週休日には、まさに休日返上で「犯罪被害者支援の会」で命を賭けたようなボランティアをやっているというのが、その骨子でもあり、それは非常に具体的なわけです。

 

 どうもですね、奇異な感じがしたのは、彼のブログ全体からは、その日常生活にはなんといのでしょうか、景色のない別世界に木枯らしが吹きすさぶような言いしれぬ寂寥を感じるのです。

 

 しかし、記事の3分の1スペースでしょうかね、現在彼が全身全霊を込めて頑張っているといボランティア活動、犯罪被害者支援の世界・・・・・に話が及ぶや、非常に桜島の大噴火のような熱き男らしさのようなものが湧き上がってくるのです。

 

 それはさておき、いろんなヒトのブログを読んでは楽しむ習慣がついたワタシには、大体、何度も記事を読んでいれば、その筆者がどんな方であるのかは想像がつくものです。顔が見えないだけに余計それが楽しいわけです。

 

 しかし、takadaの場合はどうでしょうか。随分記事がエントリーされているのですが、皆目、どんな男か目前に浮かび上がらない・・・・・。

 

 なんか日常生活自体は非常に淋しいんですよね。

 

 どんな仕事をしているのか皆目わからない、家族や友人の話は全然出てこない。

 

 例えば、今日も夕風のなか、ひとり帰るのですが、車窓に展開する川岸に一羽の白鳥が舞い立つのをみつけました・・・・、万事がそんな感じなわけですが、3度に一回アップされる犯罪被害者支援に関する記述はリアリティに富んでいて、非常に興味をもて勉強にもなったわけです。

 

 平成16年ですか、犯罪被害者等基本法が成立しましたよね、それの解説に軽く触れてみたり、その成立に至るまでの歴史について語っていたりもします。

 

 今じゃ、警察も法務省も、公共団体のどこもかしこもが、犯罪被害者に対する制度充実に努めており、犯罪白書と並び犯罪被害者白書なんていうのも発刊されています。隔世の感がある、彼はいつもそんな話をしています。

 

 1992年ですか、そんな昔ではないですが犯罪被害に遭われた一遺族が中心になって民間団体「犯罪被害者相談室」が東京医科歯科大学の研究室に発足したのを契機として、今や日本全国民間ネットワークが出来上がり、多くのNPOやら財団なりに発展した団体がしっかりと日本社会に根付いています。

 

 彼はなぜここまで長い歴史において、加害者の権利、人権ばかりが前面に打ち出され、被害者は蚊帳の外におかれていたのか、学者でもないのにいろんな事を述べているわけです。

 

 しかしですね、時々、記事掲載される支援の会の修羅場の日常には、情けない話ながら、目を背けたくもなったものです。

 

 いろんなボランティアがありますよね、海外の恵まれないヒトのために・・・・・。介護福祉のために・・・・・。青少年健全育成のために・・・・。一生懸命無報酬で頑張っている方々はいるわけですが、彼の記事で幾つか紹介された記事には何もいえなくなったりもしたものです。

 

 2005年11月ころの記事にこんなものをみつけたものです。

 

 ようやく、買ってもらった自転車に乗れるようになった5歳の一人息子・・・・。大通り、ご両親の前で、自分の運転振りを見せつけようと得意満面にこちらに向かってきたとき・・・・・。

 

 スピード違反のトラックに撥ねられ、ご両親の前でタイヤの下に・・・・。

 

 母一人子一人、普通の家族以上に深い愛で結ばれた最愛の息子が夜道不良に絡まれ、ナイフで殺害された・・・・。殺した少年の方は、少年院の中から仲間にもうすぐ出れそうだ、出たら一緒にカラオケにでもいこうぜ・・・・・。その母親、次第に歩けなくなり、最後は呼吸もできないままに蒲団の中で息をひきとっていた・・・・。

 

 こういう遺族の方々の悲しみ、目の前で圧死した幼子が書いた、パパとママの似顔絵なんていうのを見ながら、どうやって生きていったらいいのでしょうか・・・・。

 

 takadaはブログでそんな主張を熱くしています。

 

 そして、加害者の人権を声高に叫んでいた人権派日本的左翼勢力の弱体化にともない法整備が完璧に近づいたことはいいことだ、経済支援も素晴らしいことだと思うといいながら、普通のサラリーマンである自分にできることは何かについて熱く語っているわけです。

 

 本当の支援というのは、死にも勝る悲しみを抱いている遺族の方々のもとに駆け寄り、ホンの少しでも、彼らの苦悩を癒すことではないのか。法律とか経済なんかじゃなくて・・・・・。

 

 彼はサラリーマン生活の合間、休日は全て返上して遺族のために活動しているといいます。そんなNPO法人に籍を置いており、その活動内容を報告しているわけですが、ひとつだけ感銘をうけたコトバをワタシは見いだしたものです。

 

 「遺族の方々とですね、一緒に死んであげる・・・・・。それが本当の被害者支援だと思うのです・・・・。僕は彼らの間で何も喋りません、ただ一緒に手をつなぎ悲しみを乗り越えるまで側にいるだけのことなのです・・・・・。」

 

 なんというのでしょうか、簡単に言動の端にもできないボランティア活動をメインにした、謎の男のブログが、リリーのコメント欄には頻繁に登場します。

 

 当時、リリーはこんなふうにいっています。

 

 「takadaさんと知り合えてから、私は本当にヒトを尊敬することができました・・・・。日頃はとても明るくそんな素振りは決してみせない方だと思います。誰にもいえず、だからこそブログでそんな主張を一生懸命しているのだと思います。彼がその素顔を私たちの前に姿を現す日は決してないと思うのが、少しだけ悲しいことです・・・・・。」

 

 2005年秋口から、両者のブログには執拗なくらいの会話が世間に公表され、他の読者が口出しするのも憚れるほです。

 

 ここまでブログを通して、しかも一度も会わずして男女が仲良くなるのも不思議な感じがしたものですが、ワタシ的にはその因果のようなものについて考えてみたわけでして、これは悪い癖なのかもしれません。

 

 これから二人の仲は、ますます発展していくわけですが、最後のあの異様な結末・・・・・。

 

 最後リリーは二人の関係について、世界の恋愛史にもまずありえないような最大の悲恋のはずだと声を大にするわけなのですが、もう少し2005年秋口からの二人のブログ内容について話をすすめてみます。