ラブドール(17)異形のラブドール

 顔の部分で大失敗した、N雄さんには申し訳なくて見せることができない、そんなことを一方的に宣告してきては、着手金をN雄の口座に返してきた大村さんです。

 

 暗澹たる心情で職場の帰り道、車窓に転回する夜景を黙然とみつめるN雄です。

 

 残念でならないのはもちろんである。しかし、なぜか、大村さんに対する怒りのようなものが心に生起しないのが不思議だったものです。

 

 これは請負契約の一種だろ、法律に詳しいN雄は十分に損害賠償請求ができることを知っている。

 

 しかしです、この死者を蘇らせる究極的タブーの仕事、神の怒りに触れたのかな、そんな感傷も得るわけです。

 

 それにです、完成まで、喜々として喜んで待ち望んでいたのは、実はN雄だけではなく、大村さんもまた同様であったことに気づいていたのです。

 

 いや、彼の場合は、恵子を新たにこの世へ送り返す里親のようなものだから、もしかして・・・・。

 

 俺以上の歓びをもって完成を望んでいたのではないか。

 

 死にたいくらいに苦しそうな彼の電話での暗声をきくと、やはり、怒りのようなものは全然湧き上がらず、実際自分も大村さんも楽しい一時を過ごせたということじゃないのかな、やはり天才職人の大村さんにさえできえない創作の仕事だったということだったんだよな。そんなふうに考えるわけです。

 

 確かに、俺には大いなる期待を裏切られた無念がある、それに対して、大村さんとしても、大事な時間を一銭にもならないことに費やしてしまったアホらしさがあるはずだ・・・・。

 

 大村さんはホントにいい人だった。損害賠償なんて発想はやめにしよう。お互い様か・・・・。

 

 しかし、俺はこれからどうやって生きていったらいいのだろう。ここまで一蓮托生にきた以上、自分にはそれを年上の友人ともなった大村さんに尋ねる権利があり、大村さんとしても答える義務があるのではないか。

 

 ふと、N雄の脳裏によぎったことがあります。それは真夏の夜、初めて大村さんの家に行き、のっぺらぼうの恵子を目撃したときのことです。

 

 あれは、まぎれもなく、大村さんが全身全霊、鬼気迫る情熱で創り上げたものだった。まさに恵子の息吹さえも感じたものだ。

 

 顔なんてどうでもいいのではないか。どういうふうに失敗したのかわからないが、もう一度のっぺらぼうに戻すことは可能なのかな。

 

 勿論、お金は払わないが、のっぺらぼうのままでも、あのラブドールを我が世田谷のマンションに連れ戻しても、罰は当たらないんじゃないだろうか。

 

 しばらくして、大村さんの自宅に電話をかけるN雄です。

 

 のっぺらぼうに戻すことは可能でしょうか、そんな質問をする彼に、大村さんはこんなことをいいます。

 

 「もちろん、可能だよ。私にも責任がある。キミが納得してくれるのなら、無償でやる。ただ、どんな顔であっても、それを破壊するというのには少々の抵抗感があるけれどね・・・・。」

 

 歯切れが悪いのには、なんとなく彼の心中を想像できるものもあります。

 

 「大村さん、ここまでやったんですからね、ぜひ、やってくださいよ。ただね、その前に、一度、私が、一応完成したというそのラブドールの全てをみることは可能でしょうか・・・・。」

 

 「えっ・・・・。」

 

 やおら、夢想だにしない事態に対する困惑の声音から絶句にと変わる大村さんです。

 

 「そりゃいいけれど、びっくりしないという約束をしてくれるかな。いろんな意味でね・・・・。」

 

 「どうせ、最後はのっぺらぼうのまま受け取るわけなんだからさ、どんな異形の顔でもね、むしろ、そんな失敗をみた方がのっぺらぼうな方が満足だという妙な納得のようなものがあると思うんですよね。」

 

 それから、数週間後の11月の文化の日ころです。この日が本来の完成日だったわけです。

 

 N雄は再び伊豆の大村さんの仕事場まで出かけることになります。

 

 しかしですね、それまでの数週間、彼はいろいろ考えてみたものです。

 

 恵子はそれほどに眉目秀麗な美女ではなかった。

 

 とにかく、優しい人間的魅力に溢れたありのままの彼女を再現してもらいたいと何度も伝えた・・・・。

 

 どうなんでしょうかね、もしかして、大村さんは私に気兼ねして絶世の美女のようなものを創り上げてしまったのではないか。

 

 じゃなかったら、禁断の仕事に神の怒りをかい、その指先に微妙なずれが生じ、右目が左目の倍位なものが出来上がってしまったのか。もしくは、鼻の両穴に失敗した。

 

 その顔を見て、びっくりしないと約束してくれよ・・・・。

 

 大村さんは、そんなことをいっていたな。

 

 文化の日の朝、彼は、なんとも言い難い不思議な心情で家を出ることになります。

 

 その数時間後に、伊豆の仕事場で、彼はまさに異形の顔をしたラブドールに出会すことになるとは、朝の出発の時点では夢想だにしていないことでした。